世界津波の日
- Shoji Hattori

- 2025年11月5日
- 読了時間: 7分
「津波とは、海中またはその付近で発生する大規模な地震、火山噴火、海底地滑り、あるいは大量の土砂が海に流れ込む沿岸の地滑りによって引き起こされる海上の波のことである」(アメリカ地質調査所)。海に面した国に住んでいる人なら、「津波」という言葉は聞き慣れた言葉だと思います。
地震に悩まされている沿岸の町や海洋国家に生まれ育ったのであれば、それは常に心に留め、備えておくべきことです。 今日は、世界津波の日に当たり、この機会に津波の歴史と、どのように備えるべきであるかについて考えてみましょう。

変化の触媒
防災の日のブログで取り上げられたように、日本は糸魚川静岡構造線 (ISTL) と中央構造線 (MTL) という主要な断層帯に沿って位置しています。 「世界で知られている14から15の構造プレートのうち、4つが日本に集まっており、2000以上の活断層が発見されています。2013年に内閣府が発表した防災白書によると、世界のマグニチュード6以上の地震の約20%が日本周辺で発生しています。また、日本には110の活火山があり、世界の活火山の約7%を占めています。」(東京大学) 。
歴史を通じて、壊滅的な出来事は、常に変化のきっかけとなってきました。日本が1923年の関東大震災に見舞われたことを受け、1960年に防災の日が制定されました。世界津波の日の枠組みは、東日本大震災後の津波を受けて作られたもので、その日は 「稲むらの火」という伝説にちなんで選ばれました。
稲むらの火の伝説

伝説として語られていますが、これは現在の和歌山県広川町で実際に起きた話です。これは、村長である濱口梧陵さんが、機転を利かせて村人たちを救ったという、よく知られた物語です。以下の情報は、稲むらの火の館・津波防災教育センターからのものです。
1854年11月5日、広村は地震に見舞われ、大津波を引き起こしました。「夕方の4時。きのうの地震とは比べものにならない大きな地震が起きました。家が倒れ、かわらが吹き飛びました。ドーッという、大砲がとどろくような音が何度も聞こえ、黒いすじ雲がみるみる広がっていきました。
そしてついに大きな津波が押し寄せてきました。「にげろ!丘にあがれ!津波が来たぞ!」
梧陵さんは波にのまれながらも必死で村人たちにそう叫んで、広八幡神社へと避難を呼びかけました」(稲むらの火の館)。
津波が陸地へと押し寄せたのと同じ速さで、海へと引き返していきました。梧陵さんは、瓦礫の中で愛する人を探している家族たちの姿が見えましたが、日が暮れかけており、また津波が襲ってくる恐れがありました。波が再び押し寄せる可能性があること、そして一刻を争う状況であることを踏まえ、梧陵さんは稲穂に火を放ち、村人たちがそれに従って避難できるよう目印を作ることにしたのでした。その光は、村人たちを広八幡神社に引き寄せ、以前よりも大きな津波が村を襲ったとき、それは恵みであることが証明されました。

梧陵さんは、村人の協力を得て、海岸沿いに松やハゼノキを植えて広村堤防を築きました。梧陵さんの存命中はその必要性は感じられませんでしたが、1946年の12月21日に発生した昭和南海地震の際には、村を守りました。その堤防は、現在も存在し、広川町の住民を守り続けています。
伝説の全文をお読みになりたい方は、こちらのウェブサイトをご覧ください。
The Great East Japan Earthquake東日本大震災
2011年3月11日、本州の北東沿岸でマグニチュード9.0の地震が発生しました。 この地震は、日本で観測史上最大規模のものであり、地震計が発明されて以来、世界で4番目に大きな地震でした。東日本大震災発生から30分も経たないうちに、壊滅的な津波が海岸に押し寄せました。「高さ約33フィート(10メートル)の津波が沿岸を襲い、仙台市の空港や周辺の田園地帯を含む市街地の一部を浸水させ、被害をもたらした津波は、宮城県のすぐ北に位置する岩手県と宮城県の南に太平洋沿岸に沿って広がる福島県、茨城県、千葉県の沿岸を襲った」(ブリタニカ)。波は日本を越え、ハワイや南極にまで達しました。
地震や津波、原発事故による国や国民の被害は、世論調査や統計だけでは計り知れません。多くの人が依然として行方不明となっており、何千人もの人が愛する人を失っています。沿岸の各都道府県はいずれも何らかの津波対策を講じていましたが、国全体として、この大災害を放置しないことを決めました。その結果、2011年6月24日に「津波対策の推進に関する法律」が成立しました。
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「第一条
この法律は、津波による被害から国民の生命、身体及び財産を保護するため、津波対策を推進するに当たっての基本的認識を明らかにするとともに、津波の観測体制の強化及び調査研究の推進、津波に関する防災上必要な教育及び訓練の実施、津波対策のために必要な施設の整備その他の津波対策を推進するために必要な事項を定めることにより、津波対策を総合的かつ効果的に推進し、もって社会の秩序の維持と公共の福祉の確保に資することを目的とする」(津波対策の推進に関する法律)。
法律は、こちらからご覧いただけます:津波対策の推進に関する法律

世界津波の日の制定
2013年のサンタクルーズ諸島津波から2015年のイヤペル津波に至るまで、津波への備えに関する意識を高めるための国際的な記念日が設けられることなく、津波は発生し続けました。2015年の総会において、日本は「世界津波の日」の制定を提案し、142カ国から支持を得ました。「12月5日(現地時間4日)、ニューヨークにおいて、日本が提案し、最終的に日本を含む142か国が共同提案国となった「世界津波の日」を定める決議が、国連総会第二委員会でコンセンサスにより採択されました。これを心から歓迎します」(外務省)。国連総会決議70/203は、2015年12月22日に採択されました。この決議により、津波に対する認識を高め、津波対策に関する意識を目的として、「世界津波の日」が正式に制定されました。
「世界津波の日を制定するにあたり、国連国際防災戦略事務局の駐日事務所代表である松岡由季さんは、「3月11日や5年12月26日のような追悼日や悲劇の日ではなく、積極的な行動によって多くの命が救われた「前向きな」日として11月が選ばれた」」と説明しました(Redwood Coast Tsunami Group)。この日を祝うことに加え、各国には、津波に対する意識を高め、津波警報システムを整備するなど、すべての国民が津波発生時に身を守るための知識を身につけられるよう取り組む責任があります。
津波への備え
日本ライフセービング協会によると、津波が発生した場合にすべきことは以下の通りです:
津波ハザードマップを入手、若しくは設置されている看板を確認する。
津波ハザードマップを基に、実際の避難経路を確認する。
津波警報・注意報を、J アラート・防災無線・防災メール・ラジオ・テレビ・ライフセーバーからの放送など、正確な情報を入手する。

津波が来たときに注意すること:
避難場所はどこか。
海沿いにいる場合はできる限り、事前に津波避難所を確認しておくことです。津波がきたら高台に逃げるよりほかありません。
一刻も早く近くの高台へ
海沿いで揺れを感じたらそれがわずかに思えても、大したことないなどと思わずすみやかに近くの高台へ→高台がない場所の場合はできる限り海から離れる場所へ→それも難しければ鉄筋コンクリートか鉄骨でできた建物の高い階を一刻も早く目指してください。
車には乗らない
徒歩が原則です。車に乗っている場合なら、渋滞に巻き込まれそうならキーを付けたまま路肩に駐車し、車から降りて徒歩で非難することです。心配なのは渋滞だけでなく、津波にのまれたら現在の車のほとんどは内側からパワーウィンドウが開かなくなります。水圧でドアが開かなくなります。窓ガラスを壊して外に出られますか?通常、対応はかなり難しいことでしょう。
避難時には海にはもちろん、川にも近寄らない
一刻も早く海や川から離れることです。津波の起こった2016年11月22日、地震の影響か宮城県多賀城市を流れる砂押川の水が逆流する様子が撮影された映像があります。避難時、遡上(そじょう・流れをさかのぼること)するほどの勢いの水に近づくなど危険極まりなく、もってのほかです。
津波てんでんこ
「他人の指示を待たずに自分で判断し、家族の心配をせずに、できるだけ早く高台に避難して身を守ってください」(日本ライフセービング協会)。 愛する人たちを置き去りにすることなど、考えるだけでも気が引けるかもしれませんが、だからこそ事前の計画が重要です。「緊急時にはまず自分の身を守ることを約束し、電話が不通になった場合の待ち合わせ場所についても、あらかじめ家族と話し合っておきましょう」(日本ライフセービング協会)。
準備
自然災害はいつ発生するかわかりません。自身の健康と安全を確保し、他人を危険にさらさないためにも、事前の備えが不可欠です。お住まいの地域の地震や津波への備えを確認し、避難経路を把握し、冷静に行動しましょう。
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