春日若宮おん祭
- Shoji Hattori

- 2025年12月15日
- 読了時間: 8分
冬の季節が近づき、寒くなってきたため、心躍り、あたたかくしてくれる冬のお祭りをご紹介します:奈良市の春日若宮おん祭。過去900年にわたり、春日若宮御祭りは12月15日から18日までの4日間にわたり、演舞や行列などが行われてきました。

平安から令和へ
「春日若宮おん祭りは、春日大社の境内で執り行われる毎年恒例の祭りです」(奈良市観光協会)。この祭りは、1136年に摂政であった藤原忠通の祈願によって始まりました。彼の祈りは、平和と繁栄が国中に広がること、豊作、そしてすべての人々の幸福を願うものであり、その祈りは今日でもこの祭りの中心となっています。
1136年以来、国の重要無形民俗文化財に指定されているこの祭りは、12月15日から12月18日まで執り行われます。毎日、独自のお祭りがあり、見逃せません。この祭りの中心神事の遷幸の儀は、12月17日に行われます。「正午からは平安から江戸時代に至る古式ゆかしい時代行列である『お渡り式』が奈良市街を練り進み、14:30からは御旅所で国の平安を祈念する祭典が厳粛に行われ、続いて夜遅くまで数多くの神事芸能が奉納されます」(奈良市観光協会)。

行列は、50頭の馬に1,000人の奉仕者が加わり、奈良県庁から御旅所に向かって市内を進みながら、平安時代や江戸時代の衣装を身に纏い、当時の風習を再現しています。御旅所とは何でしょう。御旅所とは、神社の祭礼の際に、神様が巡行の途中で休憩し、奉安する場所のことです。神輿の中に神が鎮座します。
「簡単に言えば、神輿とは神様が鎮座する持ち運び可能な小さな神社のようなものです。祭りでは、町の人々が神輿を巡行させ、商店や住民に恵みをもたらすとともに、災いを祓います。神道では、その土地の神は神社に鎮座していると信じられており、神は神社の形をした構造物の中に収められて初めて移動できると考えられています。そのため、神輿は神社のミニチュア版であることが一般的です」(Sakuraco)。伝説によると、ここは若宮神が鎮座している場所だと言われています。春日大社の摂社である若宮の御祭神は、天押雲根命(あめのおしくもねのみこと)といいます。水の神、五穀豊穣の神、学問の神として広く信仰されています。
春日若宮おん祭
*以下の情報は、春日若宮おん祭の公式ウェブサイトからのものです。
12月15日:
午後1時 大宿所詣
おん祭に奉仕する四神子(辰市・八嶋・郷・奈良)が、大宿所にて御湯立のお祓いを受ける為、JR奈良駅を出発し大宿所まで行列にて地元商店街を練り歩く。
午後2時半、午後4時半、午後6時 〔於 大宿所〕 御湯立
御湯立」は、おん祭の参勤者をお祓いする儀式である。
15日午後2時半からは大宿所詣行列の為に、午後4時半からは旧儀による大和士やまとざむらいの為に、また午後6時からは一般参拝者の為に「御湯」が立てられる。湯立巫女の腰にまく“サンバイコ”というしめ縄は、安産の霊験あるものとされ、妊産婦が多く参拝する。

午後5時 大宿所祭
午後4時半の御湯立に引続き、おん祭の無事執行を祈願する大宿所祭が行われる。 大宿所は、おん祭の流鏑馬を差配する願主役がんしゅやく、御師役おしやく、馬場役ばばやくを勤める大和士が、神事に奉仕するに当たって精進潔斎を行う参籠所さんろうしょである。
大宿所には、おん祭御渡り式に用いられる装束・祭具類が所狭しと並べられている。特に渡り武具といわれる「野太刀のたち」、馬長児の笹などが人目をひく。御神前には珍しい「献菓子けんがし」、「嶋台しまだい」、「盃台さかずきだい」という飾り物が奉られる。「懸物かけもの」という、古くは大和の大小名より現在は地元の崇敬者より献じられる雉・鮭・鯛等が前庭に懸け並べてお供えされる。 この日にはおん祭の名物料理“のっペ汁”が地元商店街の人たちの手によって振舞われ、大宿所内は活況を呈する。
12月16日
午後2時 大和士宵宮詣(やまとざむらいよいみやもうで)
大和士が流鏑馬の稚児と共に大宿所より若宮へ参り、御幣を奉り拝礼を行う。大宮・手向山八幡宮にも参拝する。
午後3時 田楽座宵宮詣(でんがくざよいみやもうで)
田楽座が大宮と若宮を参拝し田楽を奉納する。
午後4時 宵宮祭(よいみやさい)
宵宮祭は、大宮・若宮におん祭無事執行を祈る神事で、若宮御神前に“御戸開みとびらきの神饌”いう古式のお供えを奉る。その後、若宮御本殿は白の御幌とばり(清浄な布)で覆われる。
12月17日
午前0時 〔若宮御本殿より御旅所〕遷幸の儀(せんこうのぎ)
若宮様を御本殿より御旅所の行宮あんぐうへとお遷しする儀式であり、古来より神秘とされている。浄闇の中で執り行われる為、参道は全ての灯りを消し、参列する者も写真はもちろん、懐中電灯をともすことすら許されない。御神霊をお遷しするには、他に例を見ない大変古い作法が伝えられている。暗闇の若宮様がお進みになる参道を、先頭の2本の大松明と沈香じんこうにて清め、神職が榊を以て御神霊を幾重にもお囲みし、全員が口々に間断なく「ヲー、ヲー」という警蹕みさきの声を発してお遷しする。楽人たちが道楽みちがくの慶雲楽きょううんらくを奏で、お供をする。
午前1時~午前2時 〔於 御旅所〕暁祭(あかつきさい)
遷幸の儀が無事執行されると、行宮の前には若宮様を迎えた事を示す植松うえまつが立てられ、御殿の中央には瓜灯籠うりどうろうが掲げられ、幽かな光を投げかけている。御旅所芝舞台周りの庭燎には火が入って、暁祭がおごそかに執行される。
御神前には、海川山野の品々が献じられ、旧祢宜の大宮家よりは「素合すごの御供ごく」という古式のお供えがお進めされる。次に御幣が奉られ、宮司が祝詞を奏上した後、社伝神楽が奉納される。清らかな歌声と鼓や笛の音が春日野に静かに鳴りわたっていく。

午前9時 〔於 春日大社大宮(本社)、御旅所〕本殿祭・若宮御留守事(ほんでんさい・わかみやおるすごと)
「御留守事おるすごと」と申し上げ、大宮(本社)と御旅所より若宮へ古式の御神饌をを奉る神事で近年古儀が復興された。
正午〔奈良県庁前広場出発〕お渡式(おわたりしき)
午後0時50分頃 〔於 興福寺南大門跡〕南大門交名の儀(なんだいもんきょうみょうのぎ)
古来、御渡り式は興福寺内を出発して一の鳥居迄を下の渡り、一の鳥居より御旅所迄を上の渡りと称している。下の渡りの中心的な行事がこの交名である。祭礼の主催権を持つ興福寺への敬意を表し、また御渡り式に遺漏が無いかを改めるこの式は現在、旧南大門跡に興福寺衆徒しゅとの出仕をみて執行されている。
特に興福寺より出仕した役柄は名乗りの事があり、競馬は「○○法印御馬候ほういんおんうまのそろ」などと名乗り、馬長児は僧位僧官を名乗る。これらはいずれも大童子だいどうじ役が行う。また大和士は御師役が懐中している交名を声高らかに読み上げるなど古式床しい行事である。読み違いや、不作法があると、再度引き戻してやり直させたという故実もある。
午後1時頃 〔於 一ノ鳥居内影向ノ松〕松の下式(まつのしたしき)
一の鳥居の内、南側の壇上に「影向の松ようごうのまつ」がある。この松は能舞台の鏡板に描かれている松といわれ、その前で春日大明神が翁の姿で万歳楽を舞われたという伝えがある。 ここを通過する御渡り行列の内、陪従べいじゅう・細男せいのお・猿楽さるがく・田楽でんがくは各々芸能の一節や、所定の舞を演じる。古く興福寺の学侶より選ばれていた頭屋児とうやのちご二名と奈良を管轄していた南都奉行がこの儀式を検知していた。この重要な役目が近年復興されている。
午後1時〔一ノ鳥居馬出橋より御旅所前勝負榊まで〕競馬(けいば)
午後2時半頃〔一ノ鳥居より馬出橋周辺〕稚児流鏑馬(ちごやぶさめ)
午後2時半頃 〔於 御旅所〕御旅所祭(おたびしょさい)
午後11時頃 〔御旅所より若宮御本殿〕還幸の儀(かんこうのぎ)
若宮様に御旅所から御本殿へお還りいただく神事で、遷幸せんこうの儀と同様、浄闇の中で執り行われ、古来より神秘とされている。
若宮様は御本殿を2日間に渡ってお留守にされないように、18日に日が変わらない内にお還りいただく事となっている。還幸の儀では道楽(還城楽げんじょうらく)が奏されるが、遷幸の儀の道楽よりテンポはやや速く軽やかなものとなる。
若宮御本殿では、お還りを待ち受けている神職によって待太鼓が打ち鳴らされ、その太鼓の音と微妙に溶け合った道楽のしらべにのって、若宮様は無事に元の御殿へとお鎮りになられる。
お鎮りになると、御本殿には瑠璃るり燈籠が灯される。神楽殿にては社伝神楽が奏せられ、華麗な祭りの幕が閉じられる。

12月18日
古くはおん祭当日に奉納され、御旅所祭の舞楽「抜頭ばとう」「落蹲らくそん」は相撲の勝負舞であった。 現在は御旅所祭の翌日、御旅所南側の特設土俵で、奈良県相撲連盟、奈良市体育協会、奈良市相撲協会の協力のもとに執行されている。
午後2時 後宴能(ごえんののう)
御旅所の芝舞台にて、若宮様が御本殿にお還りになった御旅所の御仮殿を背にして、現在は能二番、狂言一番が奉納される。
これはおん祭無事執行の感謝と、奉仕者の慰労を兼ねて執り行われてきたのである。
奈良周辺にお住まいの方で、伝統的な行列がお好きな方は、ぜひ暖かい服装で、春日若宮おん祭をご覧になってみてください。
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